| 脚本に問題ありNHKドラマ |
この春4月から始まった朝ドラ「あんぱん」は今までにない斬新なスタート画面、テーマ曲と相まって今田美桜という稀に見る素晴らしい人材に目を引き込まれ今まで見てこなかった朝ドラに始めて見入った。だが後半となると大河ドラマ同様脚本の拙さが目立ち興味が半減する場面が多くあった。脚本の拙さは第一に物語性に欠けその場その場の断片的な場面展開である。
過去の素晴らしいドラマには物語性と連続性が見るものの目を惹きつけてきた。ところがここ十年来大河ドラマを見ても脚本の拙さが目立ち早々にテレビのスイッチを切るといった裏切られることが常にあった。最近では「どうする家康」にはじまり「べらぼう」もその例に洩れなく脚本の拙さがドラマを断片化させなぜどうしてこうなったのかといった理由も分からず映像だけが独り歩きし以降見る気を無くしてしまう。
つまり脚本と演出の拙さと言えよう、今回のアンパンにしても最初は従来の朝ドラにはない幼少期から成長していく過程や周囲の環境の変化が一体化し物語性に富んだドラマであったが、中盤から後半になるとなぜどうしての腑に落ちない映像に変わり見る側の興味を損ねる場面が多くみられた。出征する崇の前に登美子が突然表れ崇に声をかける場面など最たるもので、何処で出征を知ったのかといった訳も分からず腑に落ちない疑問だけが残った。
こうした場面は随所に表れ始め、最終回を含め後半は崇とのぶ二人芝居に終始し、八木、手島、いせとの関わりもなく最終回にしてはなんともあっけない結末であった。視聴率17%を超える人気も今田美桜と崇役の演技の素晴らしさと主人公を抑えた物語性に尽きるが、その後は女性や主人公ばかりが全面に出て物語性を失い視聴率は下がってきたであろうと推測する。
とにかくNHKドラマには物語性がなく場面場面が断片化され次はどうなるといった期待感を損なうことがあまりにも多い。すべて脚本の拙さがそうさせていると考える。物語性はは失われ思い付きのような場面が次から次に表れみているとうんざりする。
NHKの体質は見る側の立場に立たず自分たちの目線で番組を作り上げる、過去の大河ドラマ「どうする家康」や現在の「べらぼう」、次回の朝ドラ「ばけばけ」等々人を食ったタイトルに表れている。タイトルでいえばドラマ以外でもわけのわからないタイトルがあまりにも多い。「ダーウインが来た」、「ニュースーン」、「あさイチ」、「ブラタモリ」、等々思い出すこともできないほど視聴者にとって訳のわからないタイトルばかりである。
NHKのドラマは脚本の拙さを指摘してきたがその脚本家はすべてが女性であることが共通している。いかなるドラマを見ても物語性のないその場その場の断片的なドラマを見れば脚本は女性名である。女性女性の地位向上と世間に対していい顔しているNHKは根本から組織の体質を改革すべきだ、受信料だけは国民の義務と強制的に徴収している、然らば見せる側のNHKの義務は何か、公共放送としての放送義務を果たしてきたか考えて欲しい。NHKをぶっ壊すといった物騒な党名も飛び交っている今日、下落したNHKへの弾劾である。これらの叫びにも謙虚に耳を向け、20数年前のNHKに戻った人材と体質改善に努めて欲しい。
2025.9