腐敗した政党政治は廃止、選挙法の改正を |
今の政治でよいのか真剣に考えなくてはならない。与党野党の毒舌戦など特別予算委員会というのに相変わらず議員同士が責任の追及劇で終始する。発言を指摘されれば辞任、杜撰な管理を指摘されれば辞任と、すべてが辞任で事は済まされていく。野党は野党で与党の粗捜しに奔放する。これではよい政治良い国など作れまい、予算を審議するどころかすべて官僚任せといったところだ、己の勉強不足で予算の細部については判らないだから与党の追及で国会を乗り切ってしまおうと、まさしくあさはか極まる国会劇場である。
20年前の小泉純一郎に幕を開けた国会劇場は今日まで連綿と続いてきた。何のための国会か与党のあら捜しと責任追及で終わらせてしまった今の体制を抜本的に改めなくてはなるまい。そのためには議員一人一人が力を出せる国会にすることだ。烏合の衆団ではその中に優秀な議員がいても力を発揮できずに終わってしまう。組織というものはよい面もあるが悪い面も多い。
そのためには選挙法の改正が必須となる。政党ではなく個人を選択できる仕組みを作る。地方から選出された議員は各自の考えで国会に臨む。それにはまずそれらをまとめていくリーダーが複数必要となる、その人物は議員とは別枠で改めて立候補を受け直接選挙で国民が選ぶ、選ばれたその中の一人を国民が指名する。つまり他国の大統領選に近い形である。
こうした仕組みを確実に実行するためにはそれなりの法整備が必要となる。例えば立候補者同士の癒着や徒党を組むようなことが起これば法によって罰する。その人物は以後十年は立候補できないなどの条文を折り込む等々。あくまで一人の政治家として選べる体制作りが必要である。日本のかじ取りを選ばれた個々の議員に任せていくにはその船頭役が必要となる、つまり先に上げた大統領格の人物である。
またリーダたる大統領格の評価も常にあるいは定期的に国民投票によって判断するなどの法整備も必要だ。今の選挙法の改正には様々な問題もあろうがそれをしない限り日本はよくはならない。日本を諸外国に対し発言力と指導力のある国にする必要がある。取り分けアメリカの傘下にあって支援ばかりの重荷を背負わされたり、自国を自身で守ることのできないような弱体国家ではならない。自分の国は自分で守る強い日本にしなくてはならないということだ。
長年続いてきた政党政治も腐敗だらけの悪い面ばかりが目立ってきた。無駄な国会劇に終わらせないためにも政党という組織に保護され勉強もせず暗澹と議員生活を暮らせるような制度は廃止すべきである。野党も与党もない議員一人一人が責任と考えをもって日本をどうするか切磋琢磨して論じ合える国会が必要ということだ。
2022.11