安部元総理襲撃事件の教訓は何か

街頭演説中銃撃に襲われ一命を落とした安部元総理、首相として人格的に最もふさわしかった人物だ。襲われた理由も安部氏個人への恨みではないと犯人の供述もっともだ。今回の事件が残した教訓を考えると何故こうした事件が起こったかである。暴力を表にして非難するのではなく、むしろ政治が悪いから社会が悪いからこうした事件が起こるのである。

貧困、格差、社会環境への不平不満が爆発したからである。新型コロナ対策、ロシアウクライナ戦争への日本対応、物価の高騰などなど過去にない生きにくい社会となってきたのも事実だ。人と人の交わりばかりか、男性にしてみれば女性の活躍時代と社会は女性の活躍の場を促してきた。そのため三十、四十になっても定職につけない男性が後を絶たない。これが最も問題であり原因である。

犯人も四十と聞く、最も社会の中核となって働かなくてはならない年である。その犯人が無職ということがこの事件の最大の原因で、ここを政治家たちは真摯に受け止めなくてはならない。女性の活躍も大事だが国にとって男性が活躍しなくては国は栄えない。社会も安定しないということだ。

今まで欧米の考えや動きに先導され女性の活躍一筋に政策を進めてきたきらいがあった。男女の表向きの性差をなくすのが本当の民主主義か平等なのか考えるべきで、運動能力ばかりか知的能力にしても男性のほうが女性より上回っていることは確かではないか。これは自然が生んだ道理というものだ。敵から身を守るにはどうすればよいか、一人は子供たちの身の安全を考え、一人は外敵に向かっていく、これが社会の道理である。双方が敵に向かっては子供たちを守ることはできない。

こうした自然の判定を翻すような政治は必ずどこかで無理が生じ矛盾な社会を生み出し暴力という男性本来の本能的な行動を呼び込んでしまうだろう。その上女性は出産という大事な仕事がある、そして授乳から子育てと重要な仕事を授かっている。この自然から与えられた仕事を軽視したかのような今日の社会は異常というほかあるまい。科学医療ばかりかこうした営みが自然破壊となって人類にその罪が返ってくるのである。

性差をなくすということは同じ環境下で仕事することではない、男性女性それぞれの特性を活かした働き方こそ性差のない社会であって、平等とはそこから初めて生まれるものだ。例えば主婦となって家庭を守る大切な仕事に就く女性には、月10万円以上の給料を保証するといった抜本的な対策が必要で、共働きの必要のない家庭を作ってやることが今の政治に求められる。

男性からみて、不平不満の多い社会を二度と産まないようにコントロールできるのは政治の力しかあるまい。格差社会はなぜ生まれたのかを考えるべきで、一方だけを考えた政策は不公平であり不平不満のたまる社会である。残念ながら安部氏はその犠牲になったといってもよい。この死を無駄にしないためにも政治家たちは重く受け止め日本にとって何が大切か、海外支援海外進出ばかり考えず、国内の足下に目を向け、欧米との外交、中国ロシアとの外交はどうあるべきか改めて考えなくてはならない重要な教訓である。


2022.6

戻る