またか低俗大河ドラマに失望スイッチを切る |
今年最初の大河ドラマ、映像の悪さもさることながら演じる役者の質の低さが際立っている。テレビを点けしばらくは見ていたが、政子役の小池栄子の演技ときたら男勝りといわれる政子を意識してか目配り、しぐさすべてにわざとらしさが目立った。他の役者も大河ドラマというNHKの看板を背負った意気込みがいまのNHKの体質そのもののように大げさで雑で時代というものを無視したかのような大盤振る舞いの演技にはがっかりした。その最たる演技が終盤北条家を脱出する頼朝の演技に現れた。
お笑い劇かと苦笑した。大泉では役不足というのが実感である、政子役の小池栄子にも失望し終わり間際でスイッチを切った。もうこんなドラマは見まいと誓った。この経験は毎年同じことの繰り返しである、初回から2,3回見ているとどうしても役者の演技のわざとらしさが目立ち不快感を覚えスイッチを切る始末である。
今年のドラマも全くその域を脱していない、NHKという体質そのものがテレビ映像に現れているのか。受信料の支払いの義務ばかり押し付け公共放送としての義務であるべき視聴者目線に立った番組の提供はことごとく果たしてこなかった。
政治にNHKに反対するような政党が現れたのも嘆かわしいがそうばかりではあるまい。俗悪な番組と何十年も同じ番組の配信、さらに朝ドラのようにどこかで評判のあった番組となると朝から晩まで流し続けるといったNHKの傲慢無知な体質。
さらに今や吉本興業を筆頭としたお笑い芸人たちがNHKに蔓延り数年以上が経った、プロパーで入社した若き男性アナウンサーたちが続々と民放テレビに鞍替えしていく。その原因は何か、お笑い芸人に独占され仕事場がなくなってきたからであろう。何年前かある男性キャスターが自殺したとの報道もあった。詳細はわからないがおおよその察しはつく。また、会長職に民間から起用するなど本来受信料で賄ってきた公共放送がいつのまにか民放へとなり下がってしまった。
今回のドラマも前宣伝では大ぶろしきを広げ視聴者の目を引き付けようとしたが、ふたを開ければ毎度のことで役不足と演技のわざとらしさといった指導の甘さ、筋書きが転々と変わるような脚本の拙さなどなどいつになったら20年前の大河ドラマに返り咲くのか、受信料経営の基本を覆すような民放紛いの経営と番組作りは断固改めるべきだ。今の番組提供のままでいくならば受信料は撤廃し、経営転換すべきであることを付け加える。
2022.1